pikapikachanのブログ

ターナー症候群と広汎性発達障害の娘と気ままに生きる♪

8歳で花嫁姿👰を諦めた経緯

そもそも~結婚する気もなく、
仕事一筋で生きてきました(笑)

私は産まれた時に
へその緒が首にグルグル巻きで
自然分娩でしたから…
仮死二度で顔も紫色だったそうです💧
そりゃあ~苦しいわ😣

そこで医師が「ピンクだ」と言ったそうです。
母は「何言ってるの紫なのに⁉」と思ったそぅ…
へその緒が胎内でおさわってたのか?
片耳が奇形でした。
妊婦に配慮した…
病院の隠語みたいなものだったのですね。

その為、そちらは全く聞こえません。
代わりに反対側は神様が下さったのか…
形の良い耳で、後の入院生活でも
医師達が誉めてくれました(笑)←気休め💧


反対側の耳、赤ちゃんの時は 聞こえてたらしいです。
中耳炎を繰り返す度に、聴力が衰えて来たのでしょう。
ある時、父親が「ピカが聞こえてないのでは⁉」
呼んでも振り向かなかったそうです…。


ほんとに風邪さえ引けば
中耳炎で耳ダレ、咳も止まらず、熱が出る
夏以外は病院漬けの日々。

だから物心つく頃、
病院では暴れたり、泣いたりしない
我慢強い患者で病院受けは良かった😆👌❤
「ピカチャン治ってても診てあげる⤴」と言われた位✨
誰かさんとは大違い←娘👧(苦笑)


耳の形を成形する手術をしました。
勿論、鼓膜も考えて居たと思います。

一回目の手術は耳の位置が下がって居たので
左右対称の位置に穴を開ける。
元々穴もあったのですが、そこは埋めて
恐らく骨にドリルで開けたのでしょう…

麻酔が切れて目覚めた私…
カナヅチ🔨で延々叩かれ続ける痛さ…
ピストル🔫で撃ち抜かれたような痛さ…
と言えば分かりますか?


退院しても風邪引く度に、
この痛みは襲って来たので…
たかが風邪も恐怖でした。


二回目、三回目、四回目と耳の上の部分。
眼鏡をかける部分は、くぼんでますよね?
手術した子供達の殆どは
この頭と耳が離れず、くっついた状態でした。
私は耳が離れて起きた状態で
医師や看護婦さんが口々に「綺麗よ😃❤😃」と。

捻くれ者の私は「ふん🙎💨」って感じ(笑)

当時、耳鼻科界の権威って言う教授が
手術に参加して下さったのに…
「ピカチャン、後一回手術しようか🎵」と言われ
「聞こえるようになるの⁉形なんてもぅ、いい。」と拒否🙅
先生には直接言ってないと思いますが、母に(笑)

子供心に、今で言う美容整形みたいに甦ると
思っていた訳ですよ。

鏡で耳を見たショックは今でも忘れられません😢



皆嘘つき❗と思ったのです。
どこが綺麗⁉
こんなので髪を結えない…。
皆に見せれない❗
結婚出来ない(T^T)
と、短絡思考ですが(((^^;)


手術後の診察の度に、
ゾロゾロ来る人達…
あれは研修医だったのでしょうか?

私の許可もなく、揃いに揃って…
手術した耳をカメラでバシャバシャ📷✨✨

子供なりに「これ、晒し者になるんだ…」
耐えられなかった…


でも仕方ないので………遠い将来、
障害者が産まれて来ない為の試練だと
思うようにしました✨





1つだけ…
良い事もあったんです。

20代は二日酔いが無かった。
頭がガンガン割れる事は無かった(笑)
だから朝まで飲み続けられたのだと🍺🎶🍺🎶🍺
最強の私でした(爆)